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【動画】 第5次 ゲーム機大戦 前半パート

2011年12月15日
今朝、家族から聞いた話ですが昨夜未明に目が覚める程の大きな落雷があった様子。
朝起きてみるとストーブのタイマーがエラー表示になっていたりと
夜中に停電していたらしい形跡があったようです。

で、後程ネットで調べてみたら今日の午前2時頃、
落雷により変電所の機器に不具合が発生し地元市内と周辺地区の
計1万33戸が最大約3時間に亘り停電していたとの事。

私は就寝前に服用している薬の影響もあってか完全熟睡していたため
全く気が付きませんでした。
熟睡できる事は良い事なのですが深夜に大きな地震などがあった場合
すぐに気が付けるかどうがやや不安ですね。(・ω・;)ヾ


さて、今日はこちらの動画をご紹介。
このブログでご紹介させて頂きました
『ゲーム機戦争』シリーズの最新作

『第5次 ゲーム機大戦 前半パート』

です。






任天堂がトップを守りつつも次世代機の登場により乱戦となったゲーム機市場の争い。

任天堂は他社の次世代機に対抗するため携帯ゲーム機『ゲームボーイ』の発売と
開発中だったスーパーファミコン(以下SFCと略)の『出る出る詐欺』
(SFC近日発売を何度も公表して他社の次世代ゲーム機への
買い換えを阻止する作戦)で家庭用ゲーム機シェアトップを死守しようとするが、
出る出る詐欺に痺れを切らし始めたファミコンユーザーの反発と
発売から既に数年経過しているファミコンへの飽きられ始めという
ピンチを迎える。

しかし、シェアトップから陥落する前にSFCの完成・発売に至った任天堂は
他のゲーム機を圧倒しシェアトップの座をより強固なものとする事に成功。
その圧倒的な人気からカセットだけで十分戦えると考えた
任天堂はソニーと共同開発していたSFC専用CD-ROMシステム
『プレイステーション』の開発計画を白紙撤回にしてしまう。

ゲーム機の時代は次第に任天堂・SEGA・NECの三つ巴
(実質SEGAとNECの2位争い)の展開と化してゆく中
静かに次世代の機体が近付いていた…。



と、言う事で第5次ゲーム機大戦の前半です。
ホント、この時代をリアルタイムで知っている私にとっては懐かしいですねw
とは言えPCエンジンユーザーでしたのでSFCもメガCDも殆ど知らないのですが。
電撃PCエンジンとかPC Engine FANとかご存知の方いらっしゃるでしょうか^^;

ちなみにプレステ計画破棄の経緯を簡単に調べてみた(主にWiki)
結果を記載致しますと


1989~1991年頃に任天堂とソニーはスーパーファミコン専用の
CD-ROMドライブ拡張機器『開発コード:プレイステーション』の
共同開発を行う。



当時はカセットが主でディスクは付属品という考えが主流だったためか
任天堂はCD-ROMの権利を重視していなかった。
そのため任天堂は1991年6月のシカゴで行われた
コンシュマー・エレクトロニクス・ショーでソニーとの契約破棄と
プレイステーション計画の白紙撤回する一方で電機・家電製品のメーカーの
フィリップス社と契約を結ぶというプレスリリースを発表する。

なお、ソニーが法的手段に出なかったのはソニーにとって任天堂は
スーパーファミコン用の部品を卸していた顧客でもあった為だとか。



といった感じ。(´・ω・`)

ちなみ契約破棄された翌年である1992年に
ソニー単独でのゲーム事業開始が取締役会で承認。
1993年からソニー製次世代ゲーム機を開発する
『PS-X』プロジェクトが立ち上がり、
1994年12月3日に『プレイステーション』が発売されたという事でした。

何というか…本当に歴史を感じさせられる裏話ですねぇ。(しみじみ)

動画 | コメント(2) | トラックバック(0)
コメント
もし作られたらゲームの歴史が変わったかも…
もし…、任天堂がソニーとの共同開発の周辺機器「プレイステーション」の開発の計画を白紙に撤回しなければ、ゲームの歴史が変わっていたのでしょうか。
Re: もし作られたらゲームの歴史が変わったかも…
マイケル村田さんコメントありがとうございます^^

もし共同開発していたら暫く国内シェアは任天堂の一強体制だったのかもですね。
そのご任天堂とソニー間で内戦が起こっていたのかもしれませんが^^;

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